東京高等裁判所 平成12年(ネ)3431号 判決
主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二1 原判決主文第二項を次のとおり変更する。
2 被控訴人と控訴人らとの間において、控訴人○○産業株式会社を原告、控訴人××株式会社を被告とする東京地方裁判所平成八年(ワ)第二一九二二号土地所有権移転登記抹消登記請求事件につき、平成九年三月一二日言い渡され、確定した判決に基づく、控訴人○○産業株式会社の控訴人××株式会社に対する原判決別紙物件目録(一)記載の土地につきなされた原判決別紙登記目録(一)記載の所有権移転登記の抹消登記手続を請求する権利について、不動産登記法第一四五条第二項の「放棄」により、右請求権が存在しないことを確認する。
三 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
一 原判決主文第二項を取り消す。
二 前項にかかる被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
第二 事案の概要(略称等の表記は原判決に従う。)
一 本件は、競売手続で土地を買い受けた被控訴人が、控訴人らに対し、(1)右土地の所有権確認を求めるとともに、(2)控訴人○○産業から控訴人××に対する右土地についての所有権移転登記抹消登記請求訴訟を原因とする予告登記を抹消するために、主位的に、右訴訟における判決(別件判決)の無効確認を、予備的に、別件判決に基づく登記請求権が放棄されたことの確認を求めた事案である。原審は、請求(1)及び請求(2)のうちの予備的請求を認容した。原判決のうち右の予備的請求を認容した部分のみを不服として控訴人らが提起したのが本件控訴である。したがって、当審での主要な争点は、控訴人○○産業が別件判決により認められた登記請求権を放棄したといえるか、また、その旨の確認を被控訴人が求めることができるかである。
二 請求原因及びこれに対する答弁は、原判決八頁一行目<編注 本誌二三〇頁四段二行目>から二二頁一〇行目<同二三二頁二段一二行目>、並びに、二四頁二行目<同二三二頁二段三二行目>から二六頁四行目<同二三二頁三段二六行目>に各記載のとおりであるから、これを引用する。なお、被控訴人右予備的請求の趣旨は、原判決七頁一行目<同二三〇頁三段二二行目>(冒頭の「2」は除く。)から同八行目<同二三〇頁三段三三行目>記載のとおりである。ただし、七頁七行目<同二三〇頁三段三二行目>の「抹消を請求する」権利を」とあるのを「抹消する」ことを請求する権利を控訴人○○産業株式会社が」と訂正する。
争点に関係する事実経過及び当事者の主張の要旨は以下のとおりである。
(一) 事実経過
(1) 本件土地については、昭和六二年一二月二四日、元の所有者であった控訴人○○産業から控訴人××に対して真正な登記名義の回復を原因として所有権移転登記がされ、昭和六三年九月二八日、太陽神戸抵当証券株式会社を抵当権者、控訴人××を債務者とする抵当権設定登記がされた後、平成六年八月二六日に同抵当権に基づく競売開始決定を経て、平成一一年九月八日、同競売手続における売却許可決定により、被控訴人が本件土地の買受人となって所有権を取得し、同年一一月一七日その旨の所有権移転登記がされた。
(2) 控訴人○○産業は、平成八年一一月八日、控訴人××を被告として、同社に対する前記所有権移転登記手続が控訴人○○産業に無断で行われたことを理由に同登記の抹消登記手続を求めて別件裁判を提起したことから、裁判所書記官からの嘱託により本件予告登記がされ、別件裁判は被告欠席により、平成九年三月一二日、控訴人○○産業勝訴の判決(別件判決)が言い渡され、同月二九日に確定した。
(二) 被控訴人の本件予告登記の抹消原因に関する主張
控訴人○○産業は、別件判決に基づき、控訴人××に対する前記所有権移転登記の抹消登記手続に全く着手していないが、被控訴人が本件土地の買受けによって所有権を取得し、その旨の所有権移転登記を経由したため、右抹消登記手続に必要な前記抵当権者の承諾を求めることは不可能となり、控訴人○○産業が控訴人××に対し別件判決に基づいた登記手続を求めることはできなくなったものであるから、右登記請求権は放棄されたもの(不動産登記法第一四五条第二項)というべきである。
(三) 控訴人らの反論
被控訴人の右主張は、結局のところ、被控訴人に、控訴人○○産業の本件土地に対する所有権移転登記請求権の放棄を求めるものであり、所有権に基づく物権的請求権ないしこれと類似する権利として右のような請求が成立するだけの実体法上の根拠がない。
第三 裁判所の判断
一 当裁判所も、被控訴人の控訴人らに対する本件請求のうち、別件判決に基づく控訴人○○産業の登記請求権が放棄されたことの確認を求める部分の請求は理由があるから認容すべきものと判断するが、その理由は、以下に付加、訂正するほか、原判決二六頁六行目<編注 本誌二三二頁三段二八行目>から三五頁末行<同二三三頁三段二六行目>まで記載するとおりであるから、これを引用する。
二 不動産登記法第一四五条第二項の「放棄」の有無について
1 「放棄」の確認を求める請求の可否
(一) 控訴人○○産業については、控訴人××に対し、本件所有権移転登記の抹消を求める権利を有することを認める別件判決が確定している。
しかしながら、本件土地については、本件所有権移転登記に引き続き、控訴人××から被控訴人への所有権移転登記が経由されているから、控訴人○○産業が控訴人××に対して有する右の抹消登記請求権を実現するためには、まずは、控訴人××から被控訴人への所有権移転登記を抹消しなければならない。
ところが、被控訴人との関係においては、既に述べたとおり、被控訴人の控訴人○○産業に対する本件土地の所有権確認請求が認容されることは明かである。
したがって、控訴人○○産業が被控訴人に対して、被控訴人への所有権移転登記の抹消を求める途は実体法上において閉ざされ、その結果、控訴人××に対して有する右の抹消登記請求権についても、これを実現する手続法上の途も閉ざされることになる。
(二) ところで、予告登記は、登記原因の無効または取消による登記の抹消または回復の訴えが提起されたことを公示することにより、第三者に対し、不測の損害を被るおそれがあることを警告するためにされる登記である。したがって、抹消または回復の訴を起こした原告が勝訴し、これに基づいて登記の抹消または回復が行われた場合には、登記官が職権に基づいて予告登記を抹消することとされている(不動産登記法第一四五条第三項)。また、右原告が敗訴したり、訴を取り下げたりすることで、右訴えによる抹消ないし回復の可能性がなくなった場合にも、裁判所書記官からの嘱託により、予告登記は抹消される(同条第一項)。これらの場合には、最早警告の必要がないからである。
そして、たとえ右訴えが原告の勝訴に終わり、確定判決によって原告の登記請求権が認められたとしても、原告が右権利を放棄した場合には、登記の抹消ないし回復によって第三者が不測の損害を被る可能性は実際上なくなったといってよいから、やはり、予告登記を存置させておく必要はない。そこで、右権利の放棄を証する書面が裁判所に提出された場合にも、裁判所書記官からの嘱託により、予告登記は抹消されることとされている(同条第二項)。
(三) もともと、予告登記の抹消に関する不動産登記法の規定は、登記請求訴訟において勝訴した当事者が、直ちにその勝訴判決の内容に従った登記申請手続に着手することを前提としており(同法第一四五条第三項)、本件のように勝訴判決を受けながら予告登記が残存することを予定していない。
本件において不動産登記法が予定しない状況に至ったことについては、前記認定のとおり、控訴人○○産業が別件裁判を提起するにあたり、その存在が明らかであった利害関係人(抵当権者)に対する承諾請求を併せて行わなかったことが主たる原因であり、その後、右抵当権に基づく競売手続において被控訴人が買受人となっていることから、元の抵当権者に対する承諾請求は既に無意味となっており、被控訴人に対して右承諾を求めることは前記のとおり認容される余地がない。
また、前記認定のとおり、控訴人○○産業による別件裁判の提起が予告登記の嘱託がされることのみを目的として提起されたものであって、控訴人○○産業は、別件判決後、同判決に基づく登記請求権の実現を企図する積極的行動をしていないこと、右登記請求権を実質上消滅させることになる被控訴人の本件土地所有権確認請求を認容した原判決に対しても控訴人○○産業は何ら不服を申し立てていないこと、その結果、本件土地の権利関係に関与する第三者が不測の損害を被ることを予防するという予告登記の機能に配慮する必要性は既に消失していること等の事情を総合して考慮すれば、控訴人○○産業の右登記請求権については、遅くとも当審口頭弁論終結時までには実質的に放棄されたものと認めることができる。
したがって、本件予告登記の基礎となった訴訟の別件判決に基づく控訴人○○産業の登記請求権については、不動産登記法第一四五条第二項の「放棄」により存在しないものとなったと解するのが相当である。
2 確認の利益
(一) 被控訴人による本件請求は、本件予告登記の抹消の嘱託を実施するために、別件判決に基づく控訴人○○産業の控訴人××に対する所有権移転登記抹消の登記請求権が放棄されたことの確認を求めるものである。
一般に、登記簿上、予告登記が存在することは、当該土地の取引にとって現実的な障害となり、予告登記の抹消により、当該土地に対する所有権の円満な内容が回復するに至ることは明らかであるところ、予告登記の抹消が裁判所書記官の法務局に対する抹消の嘱託手続によらねばならず、不動産登記法第一四五条第二項が「権利を放棄したることを証する書面」の提出をもって右嘱託原因としていることに照らすと、被控訴人が、別件判決により控訴人○○産業に認められた前記登記請求権について、右条項の「放棄」をしたことないしこれと同視すべき法的状態にあることの確認を求めることについては、確認の利益があるということができる。
(二) そして、控訴人○○産業の別件判決に基づく登記請求権の不存在を確認する判決等の書面が裁判所に提出された場合には、不動産登記法第一四五条第二項に従って、当該予告登記は、裁判所書記官からの嘱託により抹消されると解するのが相当である。
三 ところで、被控訴人の予備的請求の趣旨第二項は、控訴人○○産業が別件判決において認められた所有権移転登記抹消登記請求権を放棄したことの確認を求めるものであるが、右請求はその目的及び弁論の全趣旨に照らし、控訴人○○産業において右登記請求権を放棄したという過去の法律関係の確認を求めるものではなく、不動産登記法第一四五条第二項の「放棄」により右登記請求権が存在しないことの確認を求める趣旨であると解される。
そうすると、被控訴人の右請求は理由がある。
四 したがって、右判断を同じくする原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、なお、原判決主文第二項については、前述のとおり、控訴人○○産業において不動産登記法第一四五条第二項の「放棄」により別件判決に基づく登記請求権が存在しないことを確認する旨更正するのが相当であるから、その旨変更することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥山興悦 裁判官 山﨑まさよ 裁判官 沼田寛)